コラム

コラム

ノン・バイオレント・コミュニケーション(NVC)について

2ヶ月近く前のことですが、2022年6月19日、「ノン・バイオレント・コミュニケーション(NVC)」の研修を受けに静岡まで出かけました。

NVCとはナンゾや? の説明はネット上にたくさんあるので、ここでは割愛し、自分の理解したことを自分の言葉で記してみたいと思います。


と言っても、NVCはとても奥が深く、受けた研修は3時間ですので、真髄までは理解できていません。

研修後、講師であった安納 献氏、鈴木 重子氏が翻訳された 『 「わかりあえない」を越える − 目の前のつながりから、共に未来をつくるコミュニケーション・NVC』を読み返し、研修での説明を思い出しながら自分なりの理解を深めて行っている(現在進行形)状況です。


ですので、以下の記述にはNVCに対する理解不足な記述もあるかもしれません。

その点は、予め御了承ください。

NVCの基本姿勢

NVCは直訳すると「非暴力コミュニケーション」。

この日本語から、「 相手を傷つけずにコミュニケーションをとる方法論?」と最初はイメージしました。


ですが、NVCは、先ずは 自分を傷つけない という考えを大切にしています。

この視点は私にはとても新鮮であり驚きでもありました。


少し前に流行った表現方法を借りるなら 「自分ファースト」という感じでしょうか。

それが「非暴力コミュニケーション」の基本姿勢、と理解しています。


「自分ファースト」などと言うと「我が儘」「自分勝手」のイメージがあります。ですが、NVCは自分の考えを押し付ける姿勢はキッパリ否定しています。

自分を大切にする姿勢を確立した上で相互理解を図ることを目指します。

NVCの基本メソッド

NVCはコミュニケーション・テクニックとは違います。

「怒りを感じたら、拳を握って10秒数えましょう」

「相手の良いところを見るようにしましょう」

「無理にでも笑顔をつくってみましょう」


こういったテクニックは、その場を事を荒立てずにやり過ごす効果があると思います。

ですが、自分の経験から思うことは、不満の気持ちを抑え込んでも、くすぶりが消えることはありません。


それで ”ストレス発散” ”自分へのご褒美” と称して、旅行に行ったりスポーツをしたりお酒を飲んで愚痴ったり。

で、結局人生その繰り返し、のような笑


お酒で発散できればまだ良い方かと思います。実際にはわだかまりの気持ちが消えることはなく、自分の潜在意識の中で積み重なり、それが自分の心や体を知らず識らず蝕んでいたりするようです。


NVCは、根本的なところから解決を図る方法論と言えるかと思います。

なぜ自分が怒りを感じたり傷ついたりしたのか。自分の中にある理由を見つめて理解しようとします。


相手を責めず、自分も責めず。素直にあるがままの自分の心の有り様を見つめる。

これがNVCの基本メソッドのひとつとなっています。

自分が大切にしているものに気付く

同じことを言われても、感じ方は人により異なります。

それは何故なのか。


生きる上で大切だと考えているものが異なるから。

心の持ち方が違うから。


自分が自分であるために何を大切にしているのかを、先ずは見つめる。

決して自分も相手も否定・非難をせず、あるがままの心を見つめてみる。


そうすることで、自分が自分の人生を生きる上で何を大切にしているのかが見えてくる。

それが見えると、なぜ自分の気持ちが平常でいられなかったかの理由が見えてくる。


「あ、自分はこういうことを大切に考えているんだ。だから相手の言葉に腹が立ったんだ、傷ついたんだ」と自分で自分に気づくことで、その状況を冷静に見つめることができる。


苛立ち荒れ狂う気持ちに無理やり蓋をして心の奥底に閉じ込めるのか。

荒れ狂う心の原因を探りそれを理解することで解決を図るのか。


NVCが取るのは後者のスタンスです。

リクエストする、自分も相手も否定しない

NVCでは、更に一歩進んで、自分自身が生きやすくなるように、相手に行動を変えてもらうことをリクエストすることを提唱しています。

この時に、自分の心を冷静に見つめることができ、自分が何を求めるのかが明確になっていれば、相手に対して具体的なことをリクエストできます。


「あなたのこういう態度が気に食わない!」では、行き着くところは喧嘩。

「私はこうしたいのよ!」の押し通しは、わがまま。


NVCでは、自分に対しても相手に対しても、評価や批評的な思考を一切排除します。


先ずは自分も相手も決して否定しない。

そういう気持ちを保った上で、「私はこういうことを大切に思っている。なので、あなたにこう行動して欲しい。」とリクエストする。


そういうコミュニケーションのとり方を提唱しています。

リクエストする際、それが相手にとっても幸せをもたらす行為であれば更にベスト。


リクエストする時の注意点は、決して否定形で依頼をしないこと。

また、強要とならないよう気を配ること。


「こういう行動はやめて」と相手のやることを否定したり「これをして」の命令はNGです。


NVCでは、人は他人の幸福に貢献したい潜在的な欲求があると考えます。

なので、心のなかから否定の気持ちを排除し、素直に明確にかつ相手への配慮を忘れず自分のリクエストを伝えれば、それは通じる。


こういう方法でNVCは、『わかりあえないを越える』コミュニケーションのあり方を目指している教えのようです。


『わかりあえないを越える』の英語タイトルが、NVCが目指すものをより端的に言い表しているかと思います。

SPEAK PEACE IN A WORLD OF CONFLICT: What You Say Next Will Change Your World

NVCの新鮮な視点

NVCについて私が最もユニークに感じたのは、「正しい間違っている」の考え方を一切しないこと。そして、何よりも先ず自分の心を大切にしようとすること。

自分もそうですが、誰でも他人の言動を知らず識らずのうちに批判してしまうところがあるのではないでしょうか?


どうしてそういう考え方をしてしまうのか。


そんなこと考えたこともありませんでしたが、NVC提唱者 マーシャル・B・ローゼンバーグ博士が『 「わかりあえない」を越える』に記載された次の言葉がとても印象的だったので、そのまま引用させていただこうと思います。

少数の人間が大多数を支配する構造に適応するための教育を受けてきたということは、すなわちわたしたちは他者ーとくに権力を持っている人たちーにどう思われるかを優先的に考えるように教育を受けてきた、ということです。

なぜなら、もし彼らが「悪い」「間違っている」「能力がない」「愚かだ」「怠けている」「わがまま」と決めつければ、わたしたちは罰せられるし、もし彼らが「いい子」「いい生徒」「いい社員」というレッテルを貼れば、わたしたちは報酬がもらえるかもしれないからです。

わたしたちは「自分の内面で何が息づいているか」や「何が人生をすばらしくするか」を考えるのではなく、報酬と罰という観点から考えるように教育されてきたのです。

『 「わかりあえない」を越える』マーシャル・B・ローゼンバーグ著

NVCの実践

NVCの実生活での活用は、そう容易ではないでしょう。

我々がこれまでに社会から教えられてきたコミュニケーションのあり方と根本的に異なります。


最初のステップである 自分の心を見つめるということ。これも簡単そうで非常に難しい。

知識を得たりテクニックを学んだり、外側のものを取り入れることは幼い頃からやっているのですが、学校教育で自分の心を見つめる方法を教えてはくれません。

私個人は日頃「マインドフルネス瞑想」に取り組んでおり、それが自分の心を見つめる上で役にたっています。

「マインドフルネス瞑想」については、また別の機会に書いてみたいと思っています。


相手に対して自分の求めることを簡潔明瞭にリクエストする。

これも相当に難しい技です。


自分が何を大切にしているのか、そのために相手に具体的にどうして欲しいのか、それを明確に言葉で表現できるようになるためには、かなりの自己訓練が必要でしょう。

そもそも自分が何を大切にしているのかさえ漠然としている人が恐らくほとんどで、私自身も、本当に自分を理解できているのかと問われれば、自信がありません。

ですが、自分を理解できなければ、相手を理解することもできないようにも感じます。

だからNVC、なのでしょう。



研修を受けて本を読んで、NVCには真剣に取り組む価値があると感じます。

ただ、表面的なテクニックではないので、身に付けるにはセルフトレーニングが必要。

一番良いのは、1人で練習するのではなく、仲間を作ってワークショップ形式で練習をしてみることだと思います。誰より私自身が独りモクモクのトレーニングは苦手。

日々の業務に追われて、なかなかプラスアルファなことに取り組む時間が取れないのですが、いつか事務所スペースを利用してワークショップが実現できたらな、と思っています。

タグ